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仲裁条項について

更新日:2022年11月8日


本記事は、メル行政書士事務所が執筆・運営しています。


仲裁条項とは


仲裁条項とは、契約書に関して当事者間で紛争が生じた場合に、その解決を第三者である仲裁人の判断に委ねることを合意する条項です。例えば日本商事仲裁協会(JCAA)のモデル条項は、以下のような内容です。


仲裁この契約から又はこの契約に関連して生ずることがあるすべての紛争、論争又は意見の相違は、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って仲裁により最終的に解決されるものとする。仲裁地は東京(日本)とする。

こうした仲裁条項を契約書に置くことの意味は、当事者間での紛争について、裁判による争いをあらかじめ回避することにあります。契約書に仲裁条項がある場合には、相手方が仮に裁判所に訴えたとしても、契約書の仲裁条項を根拠とする抗弁を主張することにより、その訴えは却下されます。


仲裁法14条仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えが提起されたときは、受訴裁判所は、被告の申立てにより、訴えを却下しなければならない。

訴えが「却下」されると、本案審理に入ることなくその訴訟は終結します。裁判所は紛争解決のための審理や判断をすることはできず、当事者はあくまでも仲裁手続きにより紛争を解決しなければなりません。このような効果を有する抗弁を「防訴抗弁」と言います。


このように裁判所に出訴することができないということは、当事者にとって不利益にも思えますが、契約によっては、むしろ裁判手続きをあらかじめ否定したほうがよい場合があります。とりわけ国際取引においては、その紛争に適用すべき法令や裁判所の管轄が明らかでない場合があり、こうした場合には、当事者がそれぞれ自己に有利な適用法や管轄を主張して出訴する結果、複数国で並行して裁判をすることにもなりかねません。こうした紛争処理は非効率であるのみならず、管轄や準拠法など、紛争の実態とは無関係な訴訟要件を巡る論点が争点化してしまい、実効的でもありません。こうしたリスクがあるような契約においては、仲裁条項を置くことを検討する必要があります。


仲裁をはじめとするこうした紛争解決手段は、裁判外紛争解決手続き(ADR)と総称され、仲裁はその最も代表的なものです。ADRとしては、他に「調停」や「あっせん」さらに行政機関による「審判」があります。


調停」や「あっせん」による紛争解決にはあくまでも当事者間の合意を必要としますが、仲裁においては、当事者がその仲裁判断に合意するかどうかに関わりなく、仲裁人がした仲裁判断には当事者に対する法的な拘束力があります。そのため仲裁は、他の私的ADRに比べてより強力な紛争解決手段であるといえます。なお公的機関による仲裁としては、建設工事紛争審査会による仲裁手続きなどがあります。


仲裁のメリット


紛争解決を仲裁手続きにより実施することのメリットとしては、以下のような点を挙げることができます。

  1. 紛争解決を非公開で実施できること

  2. 裁判に比べて短期間で手続きが終結すること

  3. 仲裁人を当事者で選任することができること

  4. 実定法に縛られない柔軟な解決が可能

  5. 仲裁機関と仲裁地をあらかじめ指定できること

  6. 仲裁結果を海外で執行することができること


紛争解決を非公開で実施できること


仲裁手続きは、原則として非公開です。そのため営業秘密や開発中の技術情報などが関与する紛争において、これらの秘密情報が第三者に公開されるリスクを回避することができます。これに対して裁判手続きにおいても、国内の裁判所であれば、特許法105条の7や実用新案法30条の「公開停止制度」を活用することにより、営業秘密等に関する当事者尋問の非公開や訴訟資料の閲覧制限をすることは可能です。


特許法105条の7営業秘密に基づく当事者の事業活動に著しい支障を生ずることが明らかである……ときは、……当該事項の尋問を公開しないで行うことができる。

ただし公開停止をするか否かはあくまでも裁判所の裁量に委ねられており、いまだ十分な対策であるとは言えません。また紛争が存在していることそれ自体が知られたくない場合においても、仲裁手続きによることにメリットがあります。


裁判に比べて短期間で手続きが終結すること


仲裁判断は一回限りであり、裁判手続きにおけるような上訴制度はありません。そのため紛争を短期間で解決することができます。このことは弁護士費用等のコストの低減のみならず、紛争解決の実効性という観点からもメリットとなります。


例えば知的財産権のライセンス契約に関する紛争が長期化した場合、その間ライセンサーは相手方の権利侵害を阻止することができず、一方でライセンシーも、その収益を不当利得として事後に請求されるリスクを排除することができず、不安定な地位に置かれてしまいます。


仮の差し止め」や「仮処分」などの「保全手続き」により暫定的に権利を保全することができる場合もありますが、こうした制度を利用できる場面は限られています。短期間に紛争に決着をつけることができれば、こうした不利益を受けることはありません。なお仲裁合意がある場合でも、これらの保全処分を活用することは妨げられません。


仲裁法15条仲裁合意は、その当事者が、当該仲裁合意の対象となる民事上の紛争に関して、仲裁手続の開始前又は進行中に、裁判所に対して保全処分の申立てをすること、及びその申立てを受けた裁判所が保全処分を命ずることを妨げない。

そのため仲裁手続きにおいて、早急に相手方の違反行為を差し止める必要がある場合などには、仲裁人による「暫定措置」や「保全措置」のほか、裁判所の保全処分を活用することも可能です。


仲裁人を当事者で選任することができること


仲裁手続きは一般的に三人の仲裁人によって進行します。当事者がそれぞれ一人ずつ仲裁人を選任し、それらの仲裁人が協議して、さらに三人目の仲裁人を選任します。このように仲裁人を当事者が選任することができるため、事案について専門的な知識を有する仲裁人が紛争解決に当たることになります。裁判官は必ずしも事案の内容や商慣習について専門的な知識を有するとは限らないため、より事案に即した解決を期待できます。


また仲裁機関が仲裁人の候補者リストを公開しているため、仮に適切な仲裁人を当事者が選任することが困難な場合にも、これらのリストを利用することができます。例えばJCAAにおいては、50を超える国籍の400人以上の仲裁人候補が用意されています。


ただし仲裁人はあくまでも公正中立な判断ができる第三者である必要があり、当事者の利害関係者を仲裁人に指定することはできません。仲裁法18条2号は「仲裁人の公正性又は独立性を疑うに足りる相当な理由があるとき」は、当事者は仲裁人を「忌避」できるとしています。「忌避」されると、その仲裁人は仲裁人としての地位を失います。


衡平と善に基づく解決


紛争の内容によっては、技術革新や社会の変化に対して法制度が対応していないために、実定法を適用することが事案の解決に適切ではない場合も考えられます。仲裁手続きにおいては、当事者双方の求めがあるときは「衡平と善」による判断をすることができ、必ずしも実定法に拘束される必要はありません。


仲裁法36条3項仲裁廷は、当事者双方の明示された求めがあるときは、前二項の規定にかかわらず、衡平と善により判断するものとする。

衡平と善」とは、いわゆる正義のことを指し、信義誠実の原則などの法の一般原則をはじめとする抽象的な基準を、仲裁廷がその専門知識に基づいて具体化し、事案に対して適用することになります。


仲裁機関と仲裁地を指定できること


仲裁合意の内容としては、紛争解決を仲裁により実施することのみならず、「仲裁機関」と「仲裁地」もあわせて合意します。紛争が発生してからこれらの事項をあらためて当事者間で合意することは容易ではなく、これらの事項の定めのない仲裁契約の効力を制限する判例もあります(名古屋地S62.2.6)。


仲裁機関」とは、仲裁人の選任や仲裁手続きの進行を実施する専門機関を指します。国内の主な仲裁機関としては、「日本商事仲裁協会(JCAA)」のほか「東京国際知的財産仲裁センター(IACT)」や国際仲裁を専門とする「京都国際調停センター(JIMC-Kyoto)」などがあります。


海外の仲裁機関としては、東アジアにおける国際仲裁において定評のある「シンガポール国際仲裁センター (SIAC) 」やパリに本部を置く「国際商業会議所・国際仲裁裁判所 (ICC-ICA) 」などがあります。


仲裁地」とは、仲裁を実施する物理的な場所を意味し、「東京」や「シンガポール」のような都市名により指定します。必ずしも仲裁機関の所在地である必要はありません。なお仲裁判断において準拠するべき法令を仲裁合意の内容として指定しなかった場合には、仲裁地の法が仲裁判断の基準となるため、準拠法と合わせて検討をする必要があります。


また裁判手続きにおいては、法廷に提出する書類は基本的に裁判所の所在する国の言語の訳文を添付する必要がありますが、仲裁手続きにおいては、このような使用言語の制限はないため、翻訳のコストを削減することができます。


仲裁結果を海外で執行できること


仲裁判断の結果は、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」により、160超の国と地域で効力を有します。そのため東京のJCAAで実施した仲裁手続きの結果である仲裁判断に基づいて、アメリカのカリフォルニア州で、相手方に対して強制執行をすることも可能です。


なお日本国内における仲裁判断の強制執行については、裁判所による「執行決定」を得る必要があります。仲裁手続きが準拠法に照らして違法である場合を相手方が証明したときなど法定の事由があるときを除き、仲裁判断を得た債権者は、仲裁判断の写し等を添付してする申し立てにより、執行決定を得ることができます。


仲裁法46条仲裁判断に基づいて民事執行をしようとする当事者は、債務者を被申立人として、裁判所に対し、執行決定(仲裁判断に基づく民事執行を許す旨の決定をいう。以下同じ。)を求める申立てをすることができる。

これに対して裁判によって紛争解決をした場合には、海外での判決の執行力はその対象国の法制度に依存するため、スムーズに強制執行まですることは容易ではありません。そのため相手方の資産が海外に所在していたり、契約が海外で履行される場合のように、海外で強制執行をする可能性がある国際取引においては、仲裁合意をしておくことが合理的です。


仲裁のリスク


 紛争解決手続きを仲裁によることのリスクとして、以下の点を挙げることができます。

  1. 手続き保障上のリスク

  2. 仲裁費用が高額となるリスク

手続き保障上のリスク


仲裁合意をすることのリスクとしては、第一に裁判でその事案を争う機会が失われることにあります。仲裁手続きは簡易迅速ですが、一方で手続き保障の重厚さという点では、裁判に長所があります。裁判手続きにおいては、不利な判決に対しては上訴をしてさらに争うことができ、証人尋問や証拠調べを公開の法廷において実施することができます。さらに裁判所による「文書提出命令」をはじめとして、一定の場合には、法定の証拠開示や証拠収集の手段を活用することができ、紛争に関連する証拠が相手方に局在しているような場合には、このような強制力を伴う証拠収集手段が重要となります。


仲裁費用が高額となるリスク


また仲裁費用についても、事案によっては、その取引金額に比べて高額となる可能性があります。JCAAによる仲裁の場合には、仲裁人が3人であるときは、仲裁を提起した時点で予納金として各当事者に対し、それぞれおよそ300万円が請求されます。仲裁費用の内訳としては、仲裁人の報酬のほか、その交通費や宿泊費などの実費や通訳の費用などがあります。仲裁人の報酬額は、商事仲裁規則による場合には、原則として時間単価5万円となります。そのため取引金額がこのような仲裁費用を賄うに足りないような規模である場合には、仲裁合意をあえて行わないことも考えられます。


仲裁合意の存否が問題となる事例


前述のように、仲裁合意は「防訴抗弁」としての効力を有し、当事者に対して、裁判による紛争解決を否定するという重大な効果を有することから、その合意の認定に当たって裁判所は、とりわけ慎重な検討が必要であるという立場を取っています。そのため仲裁条項について当事者間に実質的な合意が行われていなかったときなど一定の場合には、仲裁条項の存在にもかかわらず、仲裁合意の成立が否定されることがあります。


たとえば東京高S54.11.26は

建設工事請負契約においても、それに付された四会連合約款に仲裁条項が存在するということだけで仲裁契約の成立をただちに肯認することはできない

として、建設工事の請負契約において、契約書に添付された標準約款に仲裁条項があったというだけでは、仲裁合意を認めることはできないとしています。また東京地H47.12.9は、

裁定を当事者または当事者たる団体(本件においては被告会社)の機関または団体員に任せる苦情処理手続は、仲裁人の第三者たることの要件を欠くから、 仲裁手続としての効力を生じない

として、仲裁人として当事者の利害関係者を指定していた場合に、仲裁合意の存在そのものを否定しています。


 また仲裁条項を記載する場合には、仲裁機関(とくにその略称)や仲裁地は正確に記載する必要があります。略称や英訳が誤っていた場合には、相手方によりその効力を否定されるおそれがあります。

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