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損害賠償条項のテンプレートと考え方

更新日:2023年10月2日




損害賠償条項とは


損害賠償条項とは、契約書において、当事者が契約内容に違反した場合の損害賠償責任の範囲と方法についてあらかじめ合意する条項です。「当事者は、本契約に違反して相手方に損害を与えたときは、その損害を賠償しなければならない」などの文言により、ほぼ全ての契約書において、一般条項として置かれています。「一切の責任を負いません」のような免責条項として規定されていることもあります。

 

法諺に「契約は守られなければならない」とするものがありますが、契約が守られなかった場合の責任について何ら予測ができなければ、その契約から生じるリスクについて正しく判断をすることができなくなってしまいます。損害賠償条項があることにより、その契約が有するリスクについての予測可能性が向上し、当事者は安心して取引を実行することができます。また損害賠償条項があることにより、当事者は契約を誠実に履行するよう動機付けられ、取引を円滑に実行することができます。


ただし「損害」という概念はそれ自体としては意味内容が明確ではなく、契約違反による「損害」は、その二次的損害や「逸失利益」なども含む場合、非常に多額となることもあります。当事者としては、自らの財務的基盤と取引の内容に照らして妥当な損害賠償額に限定しつつ、相手方が違反した場合のリスクをフォローすることができる内容で合意しておかなければなりません。


損害賠償の方法


民法417条は「損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭を持ってその額を定める」と定めており、損害賠償の方法としては、「金銭賠償」が原則となっています。金銭賠償に慣れた私たちからするとこれは当然のことのようにも思えますが、損害賠償の方法としては他に、損害がない状態に復させるという「原状回復」による方法もあります。原状回復のほうがより直接的な損害賠償の方法ですが、場合によっては原状回復が不可能ないしは不相当に多額の費用を要することもあり、民法は金銭賠償を原則としています。


原状回復による賠償


ただしこれはあくまで任意規定であるため、契約の内容によっては、当事者間で原状回復その他の措置を損害賠償の方法として定めることも可能です。例えば、当事者が契約に違反して相手方の所有物を破損した場合、金銭賠償を原則とする民法によれば、損害賠償の内容は、その所有物の再調達価額の金銭となります。これに対して契約において、当事者はその物の修理をしなければならないと定めていた場合には、相手方は、契約通りその物の修理をしなければなりません。再調達価額よりも修理費用が高額になるような場合には、このような条項にすることにより、破損された物を交換する必要がなくなります。


名誉回復処分


なお不法行為による損害賠償に対しては、民法723条は「他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる」と定めており、名誉棄損の場合に限り、謝罪広告などの方法による損害賠償を認めています。


損害賠償の範囲


損害賠償に当たって、どの範囲の損害を請求することができるのかは、非常に重要です。契約に当たっては、思わぬ事由で損害賠償を請求されることがないよう、文言について慎重に検討する必要があります。


 民法上は、416条1項において

債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする

と定め「通常損害」の賠償を原則としているのに対し、例外として2項において

特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる

として「特別損害」であっても、当事者がそれを予見することができたときは、それも損害賠償の範囲に含まれるとしています。


通常損害と特別損害


ここで「通常損害」とは、例えば売買契約において売主が目的物を引き渡さなかったため、買主が市場から代替品を調達したときは、その代替品の調達費用と売買代金の差額が通常損害となります。これに対して「特別損害」とは、例えば買主が転売目的で不動産を購入し、売主がその不動産を引き渡さなかったため、転売の機会を失って転売利益を失ったときは、その転売利益が特別損害となります。売主としては、その事情を知っていたときに限り、その特別損害を賠償しなければなりません。


直接損害と間接損害


なお契約実務においては、こうした民法上の規律を踏まえ、「当事者は、直接かつ具体的に生じた損害に限り請求することができる」などの文言により、損害賠償の範囲を限定することが多く行われています。ただし「直接損害」のような概念は、講学上も法文上も存在しない概念であり、契約実務で多用される表現でありながら、その内容については不確定な部分が多い文言であるといえます。


そのため損害賠償の範囲を限定したい場合には「当事者の責に帰すことができない事由から生じた損害、当事者の予見の有無を問わず特別の事情から生じた損害、逸失利益については賠償責任を負わない」のように、出来る限り民法上の概念を用いて表現するほうが、それらの概念についての判例や講学上の議論の蓄積が望める分、より限定として効果的であると思われます。


ただし、このように損害賠償条項において抽象的に損害賠償の範囲を特定するだけでは責任の限定として十分ではないこともあるため、例えば買主が転売目的で購入していることが明らかなときのような場合には「買主は、転売利益を損害賠償において請求することができない」のように、事例に即して出来る限り具体的に特定することが望ましいといえます。


損害賠償の上限


損害賠償責任を予測可能とするもう一つの方法として、損害賠償の範囲を定めるほかに、損害賠償の上限を定める方法もあります。損害賠償の上限とは、例えば「損害賠償額は1,000万円を上限とする」のように、具体的な金額によりその限度を定めることを指します。金額を特定する方法としては「本契約に基づく取引金額の総額を上限とする」のように、契約により生じる金銭取引の額により上限を定める方法も、実務において広く行われています。


このような上限額を画することにより、損害賠償額が予測可能となってリスク管理が容易となるとともに、具体的な金額が明記されることにより、当事者に対して、契約に違反しないよう、心理的により効果的に動機付けすることが期待できます。


免責条項の効力


契約書において「一切の責任を負いません」のような完全な免責条項をはじめとして、上記の損害賠償額の上限として取引金額に比べて僅少な額を定める場合のように、一方当事者の免責が合意されることがあります。


このような免責条項は、判例上は「免責条項を前提とした料金を設定しサービスを提供」している場合のように、その免責条項に合理性が認められる事例においては、その効力が認められています(東京地判H21.5.20)。一方でそのような事情がないにもかかわらず一方的に免責を定めている場合には「社会的相当性を欠き公序良俗に反し無効」とされ、その効力が否定されることがあります(東京地判H15.10.29)。


また免責条項が「優越的地位の濫用」に当たる場合には、独占禁止法上の不公正な取引方法として、公正取引委員会による措置命令の対象となるリスクもあります。


このようなリスクを踏まえ、免責条項の内容としては、それが一方当事者にとって過大または過小なものとならないよう注意する必要がありますが、中小企業やとりわけ個人事業主においては、その財務的な基盤を不測の損害賠償請求により脅かされることがないよう、合理的な内容の免責条項を確保しておくことが必要です。


例えば原材料を海外から輸入して製造した製品を販売する事業を営んでいるような場合には、原材料の輸入に当たって通関手続きの遅延により納期が遅れた場合に、損害賠償責任を限定するような規定を置くことが考えられます。


不可抗力免責


なおこうした免責条項とは別に天変地異やテロのような「不可抗力」による契約違反については免責をするという「不可抗力の免責条項」が置かれることが一般的です。「不可抗力」(Force Majeure)とは、地震、津波、火災、落雷、高潮、台風その他の天変地異、テロ、戦争その他、当事者にとって制御不能な事態を指します。こうした不可抗力に該当する事由が発生した場合においては、それによって義務を履行することができなくとも、当事者にとっての回避可能性がないため、故意・過失がなく「不可抗力免責」として責任が免除されます。


このほか、不可抗力として、内乱、反乱、戦争類似の武力紛争、ロックアウト、通商制限、輸送手段の途絶、法令の制定改廃、労働組合による争議行為など、当事者の所在する国地域や取引の内容性質により、様々な事由が考えられます。


債務不履行と不法行為


損害賠償には、民法上は二つの方法があります。ひとつは「債務不履行」によるものであり、もうひとつは「不法行為」によるものです。それぞれ民法415条と709条を根拠にしています。


民法415条債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。(以下略)
民法709条故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

債務不履行による損害賠償は、当事者が契約関係にあることを前提として、その契約に対する違反があったときに、請求することができます。例えば売買契約において目的物が納期までに納品されなかったため、売主に損害が生じたときに、債務不履行による損害賠償請求が可能となります。


これに対して不法行為による損害賠償は、当事者に何らの法律関係も前提とせず、加害者による加害行為によって被害者に損害が生じたときに、請求することができます。例えば交通事故によって被害者が骨折し治療が必要となったときに、その治療費を加害者に請求することができます。


損害賠償請求権の時効期間


債務不履行による損害賠償においては、債務不履行があればただちにその損害を請求することができるのに対して、不法行為による損害賠償においては、あくまでも加害者に「故意・過失」がなければならず、また加害行為と損害の発生の間に「因果関係」が必要とされ、さらに被害者がそれらの要件を証明しなければならないなどの違いがあります。また時効期間についても、以下のような差があります。


債務不履行による損害賠償行使できる時から10年/行使できることを知った時から5年(民法166条)
不法行為による損害賠償行使できる時から20年/行使できることを知った時から3年(民法724条)
*生命身体に対する侵害による損害賠償行使できる時から20年/行使できることを知った時から5年(民法167条、民法724条の2)

ここで「行使できることを知った時」とは、その損害の発生について債権者が認識した時であり、「行使できることを知った時」から5年以内であっても「行使できる時」から10年を経過していれば時効は完成します。なお生命身体に対する侵害に対しては、債務不履行による損害賠償と不法行為による損害賠償で時効期間が統一されています。


これら二つの損害賠償の方法について、いずれの請求も可能であるときは、そのどちらの請求もすることができ、その両方を請求することもできます(請求権競合説)。ただし損害賠償額が二倍になるわけではなく、あくまでも損害賠償の立証手段が広がるという効果があります。


契約書の損害賠償条項は、原則として債務不履行に対しても不法行為に対しても適用されます。ただし合意により、債務不履行に限り適用があるとすることも可能です。例えば損害賠償額の上限を定め、取引金額の一定割合や定額として限定した場合には、相手方の不法行為により不測の損害が生じたときに備え、不法行為による損害賠償を損害賠償条項の対象外とすることも考えられます。


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